東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)71号 判決 1970年7月14日
原告 窪田亨
被告 淀橋税務署長 外一名
訴訟代理人 斎藤健 外五名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
(原告)
「被告淀橋税務署長が昭和四二年三月一〇日付で原告の昭和三八年分の総所得金額を金一、〇五九万七、〇一六円とした更正処分および過少申告加算税金二一万四、二〇〇円(ただし、東京国税局長の昭和四三年一月一三日付裁決により金一七万四、五〇〇円に減額された。)の賦課決定処分を取消す。被告国は原告に対し金三四九万一、〇〇〇円およびこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決。
(被告ら)
主文と同旨の判決。
第二原告の主張
(請求原因)
一 原告は昭和三九年三月原告の昭和三八年分の所得金額を金八六万六、五九六円とする確定申告書を被告税務署長に提出し、同月一三日頃右所得に対する所得税として金一〇万四、〇〇〇円を納付したところ、被告税務署長は原告の右申告に金九七三万四二〇円の譲渡所得の申告洩れがあるとして、昭和四二年三月一〇日付の処分をもつて、原告の昭和三八年分の所得金額を金一、〇五九万七、〇一六円と更正し、かつ、右過少申告に対する加算税金二一万四、二〇〇円を賦課する決定をした。
原告は右処分を不服とし、昭和四二年四月一〇日被告税務署長に適法な異議申立をしたが、同被告から同年七月一日付をもつて原告の昭和三八年分の所得金額を金九〇五万四、二九四円とし、かつ、過少申告加算税を金一七万四、六〇〇円とするほか、異議申立を棄却する旨の決定を受けたので、昭和四二年八月八日東京国税局長に審査請求をしたところ、同国税局長から昭和四三年一月一三日付をもつて過少申告加算税を金一七万四、五〇〇円とするほか、審査審査請求を棄却する旨の裁決をされ、同年二月九日頃右裁決書の正本の送達を受けた。
そこで、原告は同年三月一三日一応昭和三八年分の所得税として金三四九万一、〇〇〇円を追納した。
二 しかしながら、被告税務署長がした右処分は次の理由により違法である。すなわち、同被告は原告の申告洩れの所得として、
1 原告が昭和三八年九月六日その所有にかかる東京都豊島区巣鴨二丁目九番三宅地一四三・六〇平方メートル(ただし区画整理により一〇〇・一九平方メートルに減少-以下、A地という。)を東伸産業株式会社(以下、東伸産業という。)に代金一、七〇〇万円で売却したことによる譲渡所得および
2 原告が同年一二月三一日その所有にかかる同所一〇番三宅地一八〇・三九平方メートル(以下B地という。)の底地を有限会社井出商店(以下、井出商店という。)に代金四〇〇万円で売渡したことによる譲渡所得があつたと主張するが、A地の売却はもともと事業用資産の買換えのためにされたものであるから、租税特別措置法(以下、措置法という。)三八条の六(昭和四四年四月法律一五号による改正以前のもの-以下同じ。)の適用を受くべきものであつて、被告税務署長がその適用をしなかつたのは違法である。
右資産買換えの経緯は次のとおりである。原告はA地に存在した木造二階建一棟延一九八・三四平方メートルの建物において飲食店を営んでいたが、区画整理事業のため、右建物が同年四月一日取りこわされたので、事業用資産たるA地を売却し、次で、7、の買換え資産として、同年一二月三一日井出商店からB地につき地代年額金五万円、権利金一、七〇〇万円の約で借地権の設定を受けた。もつとも、原告はその所有に属したB地を井出商店に代金二、一〇〇万円で売却すると同時に、その地上に存在した原告所有の建物存置のため右借地権の設定を受けたものであるが、これをもつて被告税務署長主張のようにB地の底地のみの売買とみるのは失当である。
三 よつて、原告は被告税務署長がした更正処分のつち、原告の所得金額が金八六万六、五九六円を超える部分および過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求めるとともに被告国に対し原告が昭和三八年分の所得税として納付した金三四九万一、〇〇〇円を同被告の不当利得に帰したものとしてその償還を求めるものである。
(被告主張の課税根拠についての答弁)
一 この点に関する抗弁事実のうち、一の事実は認める。同二ないし四の事実はすべて争う。
二 原告から井出商店に対するB地の譲渡および井出商店から原告に対するB地上の借地権の設定についての被告の法律的見解には左祖することができない。
(一) まず、被告は右二個の契約をもつて原告から井出商店に対するB地の底地の譲渡とみるべきであると主張するが、仮に、底地なる概念を被告主張のように借地権によつて制限されている土地または借地権の負担がある土地と解するにしても、原告は所有権に基づき自ら使用していたB地を井出商店に譲渡したのであるから、原告がB地につき借地権を有する余地がなかつた以上、B地を借地権の制限または負担付で譲渡することはできないから、原告と井出商店との間においては、結局、B地の譲渡が先行し、次いでB地上の借地権の設定が行われたものと考えるほかはない。したがつて、被告の主張は右契約の二重の過程を故意に無視した譏りを免れない。この点につき、被告はかような場合、一連の取引として有する総体的意味を把握しないと、B地が更地でないのに、更地価格で取引されたとみるような極めて不自然な見方をせざるをえないことになると強調するが、原告は井出商店に対しB地を一応、更地として更地価格で譲渡したうえ、その地上に建物を所有するため、あらためて権利金授受のもとに借地権の設定を受けたものであつて、一向に不自然な取引をした覚えはないのである。もつとも、これを一連の取引とみれば、総体的に格別の意味を捉えることもできようがこのことから展開される被告の見解は結局、原告と井出商店との間に行われたB地に関する取引をもつて底地の譲渡とみるべきであるという徴税上、都合のよい結論を演繹するため、ことさらに私法上の契約理論を超越する解釈をなしたものであつて、税法の分野においても許されるところではないのでる。まして、原告が井出商店にB地を譲渡し井出商店からその地上に借地権の設定を受けたことによつて生ずべき法律効果に則して現実の生活関係が展開し、例えば、井出商店はB地を譲受けた後、これに対する固定資産税を負担し、また右譲受けに伴う不動産取得税を支払つたが、一方、原告からB地に対する借地権設定の権利金を受預したうえ、借地料を徴収しているのであるから、これを無視する解釈が成立ついわれはない。
(二) 次に被告はB地について原告と井出商店との間にされた契約をもつてB地の所有権とその上の借地権との交換と評価することもできると主張するが、両者の間においては、あくまでもB地について、その譲渡および借地権の設定という、それぞれ別個の法律的効果を伴う二個の契約がされたのであつて、被告の右主張は措置法三八条の六の適用を排除せんがため、右借地権の設定をことさら無視しようとするものにほかならない。
三 これを要するに、原告の昭和三八年分の譲渡所得は次の根拠により、計算上、零となるべき筋合である。
(一) 前記のように原告は事業用財産たるA地を東伸産業に代金一、七〇〇万円で譲渡したが、その買換え資産として、井出商店からB地につき、右代金と同額の権利金一、七〇〇万円の授受のもとに借地権の設定を受けたから、措置法三八条の六の適用により、A地の譲渡はなかつたものとされる。
(二) また、原告は前記のようにB地を井出商店に代金二、一〇〇万円で譲渡したが、その譲渡所得の計算としては所得税法三三条の適用により右譲渡価格二、一〇〇万円からその取得価格金一、九〇〇万円とその支払利息および譲渡経費の合計金二〇〇万円とを差引くこととなる。
第三被告らの主張
(請求原因についての答弁)
請求原因一の事実は認める。同二の事実は争う。
(抗弁-課税根拠の主張)
一 原告はA地およびその地上の木造瓦葺二階建一棟延一九八二二四平方メートルを所有していたが、同建物を取りこわして更地となつたA地を昭和三八年九月六日東伸産業に代金一、七〇〇万円で譲渡した。
また、原告は昭和三七年二月他からB地およびその地上建物を買入れて所有権を取得し、その後右建物を取りこわし、同年一〇月頃同地上に木造二階建一棟延二三八・二八平方メートルを建築し、これを井出商店に賃料一ケ月金七万円で賃貸したが、昭和三八年一二月三一日井出商店との間において、B地を代金二、一〇〇万円で譲渡し、かつ、B地について地代年額五万円、権利金一、七〇〇万円の約で借地権の設定を受ける旨の契約を結んだ。
二 そこで、被告税務署長は原告がしたA地の譲渡につき、その譲渡価格一、七〇〇万円から、その取得価格および譲渡経費計八六万四、六〇四円を控除し譲渡所得金額として金一、六一三万五、三九六円を算出し、また、原告がB地についてした右契約をもつて、借地権によつて制限されている土地の所有権、すなわち、いわゆる底地の譲渡と認め、これにつき、その譲渡価格を更地としての譲渡価額二、一〇〇万円から借地権価額一、七〇〇万円を差引いた四〇〇万円と算定し、これから、その取得価格三六一万円を控除し譲渡所得金額として金三九万円を算出し、以上二口の譲渡所得金額の合計から特別控除額一五万円を差引いた残金一、六三七万五、三九六円の一〇分の五に相当する金八一八万七、六九八円を原告の昭和三八年分譲渡所得の課税標準に加算して原告主張の更正処分をしたものである。
三 原告がB地について井出商店との間においてした右契約を底地の譲渡と認むべき理由は次のとおりである。
原告はB地について権利金一、七〇〇万円で借地権を取得するかのような契約をしたが、実はその前提として同時にB地を二、一〇〇万円で井出商店に譲渡する契約をしているので、これを税法的に評価するについては、一連の取引として有する総体的な意味を把握すべきである。もしそうでなしに、例えば井出商店がB地を更地としての価格と考えられる二、一〇〇万円で譲り受けたことだけを切り離して考えると、B地上には、当時原告が新築し井出商店が事業用に供するため賃借していた建物が存在し、しかも、B地の右譲受け契約と同時にあらためて右建物の賃貸借契約が結ばれたことに徴し、井出商店がB地を更地として処分または使用するため譲渡けたものでないことは明らかであるから、B地は更地でないのに、更地価格で取引きされたこととなり、極めて不自然である。
したがつて、B地の原告から井出商店に対する譲渡はこれと同時にB地についてされた借地権設定と相まつてはじめて、社会通念上、取引としての意味をもちうるのである。かような観点からB地に関する契約をみると、形式上は、原告から井出商店に対する所有権の譲渡および井出商店から原告に対する借地権の設定という二個の契約の複合にすぎないようであるが、実質上は、借地権の負担がある土地、すなわち、いわゆる底地を原告が井出商店に譲渡したものと解するのが相当である。
四 仮りに右契約が底地の譲渡と認められないとしても、右契約は少くとも、土地の所有権とその上の借地権との交換、すなわち、原告に属する二、一〇〇万円相当のB地所有権と井出商店に属する金一、七〇〇万円相当のB地借地権との交換が行なわれ、その差金として原告が井出商店から金四〇〇万円を取得したものと評価することができる。
したがつて、原告が事業用資産の買換えとして取得したB地の借地権と対応関係にある譲渡資産はB地の所有権であるが、この場合においても、原告が交換の差金として井出商店から取得した四〇〇万円は課税の対象となるのは当然であつて、右金額からB地の取得価格三六一万円(算式は
19,000,000(B地の取得費)×4,000,000/21,000,000 = 3,610,000
を控除し譲渡所得として金三九万円を算出してなした被告の課税処分は適法である。
第四証拠<省略>
理由
一 原告が昭和三九年三月原告の昭和三八年分の所得金額を金八六万六、五九六円とする確定申告書を被告税務署長に提出したところ、同被告が金九七三万四二〇円の譲渡所得の中告洩れがあるとして、昭和四〇年三旦〇日付の処分をもつて、原告の昭和三八年分の所得金額を金一、〇五九万七、〇一六円と更正し、かつ,右過少申告に対する加算税金二一万四、二〇〇円を賦課する決定をしたこと、原告が右処分を不服とし昭和四二年四月一〇日被告税務署長に異議中立をしたが、同被告から同年七月一日付をもつて原告の昭和三八年分所得金額を金九〇五万四、二九四円とし、かつ、過少申加算税を金一七万四、六〇〇円とするほか、異議申立を棄却する旨の決定を受けたので、昭和四二年八月八日東京国税局長に審査請求をしたところ、同国税局長から昭和四三年一月一三日付をもつて過少申告加算税を金一七万四、五〇〇円とするほか、審査請求を棄却する旨の裁決をされ、同年二月九日頃右裁決書の正本の送達を受けたこと、そして、右譲渡所得に関連のある基礎的な事実として、原告が昭和三八年九月六日その所有にかかるA地を東伸産業に代金一、七〇〇万円で譲渡し、また同年一二月一三日その所有にかかるB地につき、井出商店との間において、これを代金二、一〇〇万円で譲渡する旨これに加えて地代年額五万円、権利金一、七〇〇万円の約で借地権の設定を受ける旨の契約を締結したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、右課税処分の根拠について考察する。
(一) <証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると、原告はかねてからA地およびその地上建物を所有し、原告を代表取締役とする井出商店に右建物を賃貸していたが、昭和三八年四月一日頃右建物を取りこわして更地となつたA地を前記のように東伸産業に譲渡したものであることを認めることができ、右認定に反する<証拠省略>の記載部分は採用し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、措置法三八条の六、一項にいう事業用資産には不動産の貸付けその他これに類する行為で事業と称するにいたらないでも相当の対価を得て継続的に行なうものの用に供される資産を含む(租税特別措置法施行令二五条の六、一項-昭和四四年四月政令八六号改正以前のもの)から、A地は特段の事情がない限り、右建物が取りこわされた昭和三八年四月一日までは右建物とともに、またその後も相当期間は単独でも原告の事業用資産であつたものと認めるのが相当であつて、原告がA地を東伸産業に譲渡した同年九月六日、すなわち右建物が取りこわされてから僅か五ケ月を経過したにすぎない時点においても、A地は右にいわゆる事業用資産と解して妨げないであろう。
(二) そこで進んで原告と井出商店との間においてB地についてされた契約を実質的にはどのようにみるべきか、換言すれば原告主張のように事業用資産たるA地の譲渡に対応する買換え資産の取得行為といえるかどうかについて検討するのに、右契約が原告から井出商店に対しB地を代金二、一〇〇万円で譲渡する旨ならびに井出商店から原告に対しB地について権利金一、七〇〇万円で借地権を設定する旨の一個の契約が結ばれたという外形的事実が存することはさきに認定したところであつて、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める<証拠省略>も、これに符号するけれども、<証拠省略>を総合すると、
1 井出商店はB地について原告との間において右借地権設定と同時にした売買に際し、当時その地上に存在した原告所有の建物を従来に引続いて賃借することになつたこと、したがつて、B地はその地上に建物が存在する状態でしかも原告がこれを所有するため敷地として利用する権原を存続させる条件で売買の目的とされたものであること。
2 そして、原告は当時、小規模な有限会社たる井出商店の代表取締役であつたので、B地について井出商店とどのような契約を結ぶにしても、その形式を自由に決定し得たこと、
3 なお、井出商店の昭和三九年六月三〇日現在の貸借対照表にはB地が四〇〇万円(売買代金二、一〇〇万円と借地権設定の権利金一、七〇〇万円との差額に等しい。)と評価して記載されているが、一方、昭和三八年七月一日から昭和三九年六月三〇日までの損益計算書には本来、B地の借地権設定の対価として原告から取得した権利金一、七〇〇万円を収入として計上し、かつ土地評価減一、七〇〇万円を計上すべきところ、さような経理がされた記載がないことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はなく、右認定の事実によると、原告と井出商店とがB地についての右契約をなすにあたりB地の所有権の機能の一部として、もともと原告に帰属しているその利用機能を、右契約によつて、あらたに原告が取得すべく意図したものとは、とうてい考えられないのみならず、両者が右契約によつて達成しようとした実質的目的は、むしろ原告の借地権によつて制限されたB地の所有権すなわちB地の底地を代金四〇〇万円で譲渡することにあつたものと解するのが相当である。
この点につき原告は所有権に基づき自ら使用していたB地を井出商店に売渡したのであるから、B地について借地権を有する余地がなかつた以上、借地権の制限または負担付でB地を譲渡することはできず、B地の譲渡が先行し、次いでB地上の借地権の設定が行われたとみるほかないと主張するが、土地所有者が他人に土地を売却するに際し、その地上に建物を所有するため敷地利用権を留保することはなんら異とするに足りず、むしろ、取引の常識に合致するから、右主張は採るに足りない。また、原告は井出商店がB地の譲渡を受けた後、これに対する課税を負担し、かつ、B地に対する借地権設定に伴う金銭の授受をする等の生活関係の展開がある以上、原告と井出商店との間におけるB地に関する契約をB地の底地の取引とみる解釈は成立しえない旨を主張するが、右のような契約解釈を採つたからとて、決して原告主張の生活関係と矛盾するものではないから、右主張は採用しえない。
してみれば、事業用資産たるA地の譲渡については、これに対応する買換資産としてB地の借地権が取得されたとみるのは当を得ないから、措置法三八条の六、一項を適用すべきものではない。
(三) そして、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、被告税務署長は被告ら主張の前掲課税上の計算をして前記のように更正処分をなし、かつ、過少申告加算税賦課決定処分をしたことが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、右各処分自体には、ほかに、なんらの瑕疵がなかつたことが明らかである。
三 よつて、本件更正処分および加算税賦課決定処分を違法としてその取消しを求め、これを前提として原告の納付した所得税の償還を求める原告の本訴請求はその余の争点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)